株式会社 関東農産 郡司 祐一 社長

水稲用育苗培土・有機質肥料製造業
いのちを育む農業を支える

いのちの源をつくる農業。
株式会社関東農産は、農家の声を聞き、それに支えてもらってこれまで歩んできた。
転換期にある農業の現場で「農家のために」の思いを込めて、〝いのちを育む〟新製品の開発に取り組む。

profile

昭和38年(1963年)栃木県那須塩原市生まれ。
慶應義塾大学を中退後、東北大学農学部に入学し平成8年に卒業。
10年に修士課程修了。在学中の7年に入社。
8年に取締役、13年に代表取締役社長に就任。

水稲用育苗培土と有機質肥料を主力に
郡司 祐一 社長

郡司 祐一 社長

 株式会社関東農産は、平成元年、郡司社長の父、昌佳氏が創業し、水稲用育苗培土のメーカーとして、全国各地の米作農家の信頼を得てきた。「〝苗半作〟の言葉通り、苗作りがうまくいけば米作りの半分がすんだと言われるほど培土は重要です。おいしい米を届けるために、しっかりとした培土を供給し続けなければなりません」と責任の重さを肝に銘じる。
 全国各地の事情に合わせ、配合する肥料を変えなければならない。農業者の高齢化に対応するため、4年前には比較的扱いやすい軽量の培土も開発して好評を博した。また、近年注目されている有機栽培に対応が可能な「水稲用有機質育苗培土」を、培土製造メーカーとしては最も早く製品化した。培土については水稲用ばかりでなく、「粒状培土」を活用した独自の「園芸用培土」も手がけている。
 さらに、平成9年に工場を新設して本格的な生産がスタートしたのが、培土と並んで現在の主力商品の双璧となっている有機質肥料の「米ぬかボカシ肥料」だ。郡司社長は同事業を立ち上げるために、東北大学農学部に入学し、修士課程まで進んで最先端の技術を習得した。新事業が始まったのは修士課程に在学中だった。
 余計な資材は使わず、米ぬか、おからのみを発酵させて製造する。しかし、製品化してみるとなかなか売れない。「優れた商品だということは分かっていたのですが、どう売ればいいのかが分からなかった。最初の2年間は赤字が続きました。社内ではこの部門は断念しようという声も出ました」。何とかしなくてはと必死の思いで取り組んだのが、原点に戻って農家の声を徹底的に聞くことだった。
 全国百数十軒の農家を回り、商品の特長を説明し、サンプルを使ってもらって結果を収集した。糖度を計るために提供されたリンゴやイチゴは、作った農家の苦労を推し量ると、計測後の実を廃棄する気になれず、残さず食べた。安全性を訴えるために、肥料そのものを食べることまでした。
 そうした中で、「これはいい製品だからあきらめずにやれ」と何軒かの農家から励まされたことが大きな支えになった。3年目からは黒字転換を果たし、以後、順調に売れ行きを伸ばしている。米ぬかを安定的に供給するために設置した精米機は、県内外に210台を数えるまでになった。

事業活動に生きるマイナスからの出発

 決して平坦な人生ではなかった。大田原高校から推薦で慶応義塾大学理工学部へ進む。順風満帆に見えたが、ここで目標を見失ってしまう。同大学を中退し、精神的にも参ってしまって引きこもり状態に陥った。「多分、それまでがあまりにも順調にいき過ぎたのだと思います」と当時を振り返る。数年間、そうした生活が続く。
 もう一度やり直そうと決心がついたのは28歳の時。センター試験から再挑戦し、東北大学に合格する。事業に役立つ実学を学ぼうと農学部を選んだ。「回り道は決して無駄だったとは思いません。何をすればいいのか分からない状態は本当につらい。その時にはそこしか見えないものですが、苦しみを越えた時には、マイナスからスタートした分だけ、喜びも大きくなります」。世の中の役に立っていると実感できると、すべてが前向きに考えられるようになったという。
 東北大学では大きな出会いがあった。修士課程時代の恩師である。恩師は「農業現場に役立つものを作ってこその学問」との信念を持っていた。郡司社長が修士課程を修了後、退官に合わせて同社に迎え、現在も技術顧問を務めてもらっている。専門的なアドバイスはもちろん、人脈を生かして産学連携の基礎を築いてくれた。顧問に迎えた元教授はもう一人おり、こうした体制が技術力の高さにつながっている。
 技術力の実証の場として、郡司社長が取締役を務める関係会社の農業生産法人「ジーワン」がある。平成21年に設立され、春夏キャベツ・ニラ・タマネギ・トマトなどの生産農場を、さくら市・益子町・茂木町に展開。25ヘクタールを超えるまでになった。ここで製品の実証を行い、事業として成り立たせるにはどうすればいいかなどを検証する。「メーカーでありながら生産する畑を持っていることは、大きな強みになっています」。

大幅な収量増を実現 独立ポットの栽培
増田式栽培方法による低段密植栽培(トマト)

増田式栽培方法による低段密植栽培(トマト)

 創業以来、生産者の声に真摯に耳を傾け、その期待に応える物づくりに力を注いできた。農家と直接交流する勉強会「土づくり研究会」は今も続く。「農業は今、大きな転換点にきています。生産者の方々も農産物を作ることと同時に、高い経営的な視点が求められています」と現状を分析し、生産者が「儲かる」製品づくりに挑む。
 こうした中でできたのが、土壌の連作障害や異常気象による被害の軽減を目的とした「独立ポット型植物栽培」の技術だ。作物をポットの中で育てながら、水や温度、肥料などの生育環境を人工的にコントロールし、確実な収穫に導く。密植栽培が可能になるため、大幅な収量増につながるという。
 取りあえずトマトによる低段栽培を全国9カ所でスタートさせた。熊本の農業法人が生産したトマトは、大手スーパーで高食味商品として人気を呼んでいる。「当社と種苗メーカー、流通業者の三者がタイアップし、栽培技術からシステム、収支までセットにして、責任を持って農家さんに提供します」。今後はキュウリ・イチゴ・メロンなどに広げ、社の主力商品として育てていきたいと将来構想を描く。
 同社は経営理念に「輝くいのちを育む関東農産」を掲げる。さらに、小項目に①私たちは、お客様を通して活き活きと働く喜びを追い求め続けます②私たちは、農家さんと共に日本の食生活を充実させるお手伝いをします、と記している。
 若いころの苦しかった経験は、〝いのち〟に向き合う意味、そして、すべての人たちが喜びをもって働くことの大切さを教えてくれた。本来は有効利用されづらい米ぬかに再びいのちを吹き込み、新たないのちを育む源にする。また、NPO法人と連携して、西那須野と本社内の農園を精神障がい者の就労実習の場として提供している。「農作業は社会復帰にとてもいい効果を生んでいるようです。ここで経験を積んだ人たちは、就職してからの定着率が高いと聞いています」。
 郡司社長にとっては、こうした取り組みは自然な流れだった。企業理念は抽象的な概念にとどまらず、確実に事業に反映されている。

株式会社関東農産

〒325-0001 栃木県那須郡那須町大字高久甲字道西2691-3
TEL 0287-63-6213
URL http://kantoh-ap.co.jp

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栃木の活性化の起爆剤に。