株式会社 花のギフト社 野上 耕作 社長

花卉ギフトの通信販売業
感動の花を世界に贈る!

の日には10万鉢以上の花が、全国のお母さんたちのもとへ届く。
感動を演出するのが株式会社花のギフト社。
野上耕作社長は元航空自衛官という異色の経歴を持つ。
国を守る気概は人への優しさにもつながっている。

profile

昭和26年(1951年)福岡県生まれ。
高校を卒業後、航空自衛隊に入隊。
日本大学文理学部(通信課程)、航空自衛隊幹部候補生学校を卒業。
防空システム建設プロジェクトで5年間勤務の後、38歳で退官。
平成10年に創業し社長に就任。

幼いころの苦労がその後のがんばりに
野上 耕作 社長
野上 耕作 社長

 野上社長は福岡県の農家の次男に生まれた。かつては広い土地を所有する大きな農家だったが、戦後の農地解放で土地は大きく減る。それでも、父、母が学校の先生だったため、周囲は大切にしてくれているように見えた。しかし、結核を患っていた父が長い闘病の末に亡くなると、借金の取り立てが押し寄せるなど、どん底の生活が待っていた。特に多感な小学校の3、4、5年生のころは厳しかった。この経験はその後のがんばりに生きてくる。
 高校卒業を前に進路を決めるに当たって思い浮かんだのが、小学校のころに兄のバイクの後ろに乗って見に行った板付のF105戦闘機の雄姿だった。この思いに突き動かされ、航空自衛隊に入隊する。
 以後、約20年間、要撃管制の仕事に従事することになった。(激務を縫って日本大学の通信課程を修了)航空自衛隊幹部候補生学校を卒業、30歳を過ぎてから念願の戦闘機乗務も果たしている。
 「管制の仕事ではあらゆることを勉強させられました。天候をはじめさまざまな情報をトータルに判断して、瞬時に指示を出す必要があります。ここで戦いの原則を学んだように思います。今も花を枯れさせないため、社員たちには天候を勉強するよう言っていますが、この経験が生きていますね」と当時を振り返る。
 二等空尉になった時、日本の新しい防空システムを建設するためのプロジェクトの一員として、アメリカに渡る。米空軍のさまざまなシステムを研修し、新技術について学んだ。
 この渡米経験は思わぬ副産物を生むことになった。「とにかくアメリカはパーティー社会。帰国後も何かにつけてパーティーが開かれ、そのパーティーでいかに赤字を出さないようにするか、楽しんで帰ってもらうか、切り盛りには絶対の自信ができました」。今につながるマネジメントの訓練ができたのかもしれない、と野上社長は苦笑する。

転機になるたびに支えてくれた人々

 この防空システム建設の仕事には、持てるものをすべて注ぎこんだ。5年間にわたるプロジェクトの間に2人の娘が生まれたが、抱いてあげた覚えがないほどに仕事に没頭した。「プロジェクト終了時に、先に退職していた戦闘機乗りの先輩の誘いにより退官することにしました」。38歳の時だった。
 その先輩の友人に医療法人の理事長がいて、そこに就職することになった。以後、平成元年から4年まで、札幌でフィットネスクラブや人間ドックを備えた施設を建設し、運営を軌道に乗せる仕事に携わった。
 さらに、このクラブに通って来ていた経営コンサルタントに引き抜かれる形で、福岡に移って3年間勤務する。この間、熊本の園芸店の経営者から誘いを受ける。これが花の通販との出会いだった。
 「この会社が郵便局とタイアップした花の通販をやっていたのです。ちょうどゆうパックの販売拡大の時期で、郵便局が相当にテコ入れしていました」。大規模に花を出している会社は、当時、野上社長が入った会社も含めて3社しかなかったという。しかし、園芸店社長との思惑にずれが生じて、1年半で退職することになる。
 野上社長には転機になると、不思議に手を差し伸べてくれる人が現れる。横浜で郵便局への商品企画を担当していた人から企画を出すようにと声がかかり、また、名古屋の老舗の花屋さんも二つ返事で協力を約束してくれた。早速手がけた母の日の企画は、67,000鉢を送り出す大ヒットとなった。しかし、次の敬老の日企画では逆に大きな赤字を出してしまう。
 困り果てて気力も萎えていた時に、昔付き合いのあった銀行の支店長から熊本の実業家を紹介される。これはと見込んだ人物に、資金を融通してくれるという。その人の援助を得て、平成10年、現在の「花のギフト社」を立ち上げた。
 波乱万丈ともいえる創業時のいきさつだが、「皆さんは遠くから私の仕事ぶりを見てくれていたのかな?と思います。創業後は慎重に事業を進めて、愛知県一宮市から、神奈川県小田原市へ、さらに小山市へと少しずつ事業を展開してきました。元自衛官として、無様なまねは絶対にできない、という強い思いがありました」と野上社長は、支えてくれた人たちへの恩を忘れない。

「新加工場」建設で拠点づくりが実現
花のギフト社の提案するギフト商品
花のギフト社の提案するギフト商品

 企業理念に「感動の花を世界に贈る!」と掲げる。世界一感動を与える会社を目指す。
 主力商品は何といっても母の日のカーネーション。毎年、全国のお母さんたちに10万鉢以上の花が届けられている。ほかにも父の日、敬老の日、クリスマスなど「○○の日」にちなんだ各種イベント商品の企画・販売、誕生日や入学・卒業、事務所開設など通年の花商品の企画・販売というように、さまざまなニーズに幅広く応える品ぞろえに取り組んでいる。
 「大量に仕入れ、加工し、全国に発送できるのがわが社の強みです。これをさらに強化して、花を切り口にしながら、さまざまな商品の組み合わせによりオリジナル商品を増やし、販売を広げていくことを目指しています。『花を売りたかったら、花を売るな』ということです」。
 スイーツでも花が一緒についてくることによって、全く違ったものに生まれ変わる。フラワーチョイスカタログの「アクイユ」、ギフト化粧箱の「ドゥ・アクイユ」、酒類ギフト化粧箱の「ドゥ・フェスタン」などは、そうした発想から生まれた新商品だ。毎年最低でも1つは売れる新商品を世に送り出していくと語る。
 平成25年10月4日に小山南工業団地内で「新加工場」の地鎮祭を行った。これまでは、最大の需要期となる母の日の時期に合わせて、1カ月から1カ月半、あちらこちらに大きな場所を借りてしのいできた。加工拠点の確保は同社の悲願でもあった。
 「私どもの会社は、75歳まで雇用しています。元気で楽しくやれる人、仲間を思う人ならだれでも雇う用意があります」と、雇用での地域貢献を語る。さらに、さまざまな形態の仕事がある園芸の特性を生かし、障がい者や短時間しか働けない人の雇用などにも取り組んでいきたいとも語る。「そのためにも広い場所が必要だったのです」。
 「花のギフト社」は、「新加工場」建設によって、なお一層、地元に密着した企業に進化する。

株式会社花のギフト社

〒329-0214 栃木県小山市乙女2丁目20番23号
TEL 0285-45-0023
URL http://www.087gift.co.jp


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栃木の活性化の起爆剤に。